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UNDER40 インタビュー掲載

2013.04.06 Sat
TOKYOを発信元として、次の20年を築く40歳以下の様々な才能を集め広げていくというコンセプトのFacebook Magazine、UNDER40で取材していただきました。
僕のこれまでをざっくり話しています。
この約10年ちょっとの間いろいろな葛藤や考えていたことなどが文字になっています。
ご高覧ください。

日本語

https://www.facebook.com/notes/u40-collective/%E4%BD%90%E9%87%8E%E6%96%87%E5%BD%A6%E3%81%95%E3%82%93studio-phenomenon%E4%BB%A3%E8%A1%A8u40-member-003/657874240894633

English

https://www.facebook.com/notes/u40-collective/mr-fumihiko-sano-representative-of-studio-phenomenon-u40-member-003/661013383914052

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福島のこと

2013.03.11 Mon
震災から二年の日だからではないが、書きかけていた物をアップしようと思う。

かなり前だが飴屋法水さんが監修されたブルーシートという演劇を見に行ってきた。

http://www.iwakisogo-h.fks.ed.jp/news/img/2012/14/pdf/poster.pdf

内容は下記ブログを参考に

http://d.hatena.ne.jp/hashimototomofumi/20130127

そこで見たものは、高校生の演劇だった。
グラウンドで行われた、プロではない彼らが演じる、端的なクオリティだけ見たら高いとは言えないかもしれない。
だが、そこには現実というものがあったと思う。
表現は悪いが私たちは、被災地を忘れている。
そう感じた。

福島第一原発が止まっていない事を忘れてはいない。
毎日のように汚染水漏れや停電など何かが起これば危ないという状況の収束の目処が立たないというのも知っている。
官邸前ではデモが起こり、国や東電を相手取った裁判も国内外で起こっている。
それは日々のニュースで見ている。
しかし、原発から40キロ程度しか離れていないいわきにはたくさんの人々が住んでいる事をどれだけ認識しているんだろうか。
劇中、彼らはいわきに住んでいるということを話し、両親が東電関係の仕事をしていることを話し、高校に入学してから仮設校舎でしか授業を受けていない事を話す。
そして彼らにとって、震災は彼らの人生にとって以前、以後に分けられるような大きな境目になっているのだと感じた。
彼らは自分で居住地も学校も選ぶことはできない。
親や被害の状況に合わせることができない。
そして、阪神淡路大震災のように、地震は揺れが止まっても収束していない、そんな場所での日々が彼らの青春の全てになるのだから。
彼らの心の傷を表面に言葉や動きとして表現されたこの「ブルーシート」
自分も含め、生きていくという意味で様々なことを思い出させてくれたと感じた。


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共犯関係

2013.02.04 Mon
先日auの主催するイベントFULL CONTROL TOKYOに行ってきた。
自分のスマートフォンが街にある物の動きをコントロールするリモコンになるというもの。
年末からCMでのプロモーションもかけられていたのでご存知の方も多いだろう。

↓そのCM

http://www.youtube.com/watch?v=KAd-6NQbuos

招待者1500名のみのイベントで増上寺で行われた。
会場にはCMで使われたタクシーや噴水、街灯などが設置され、スマホに専用アプリをインストールをしておくとCMと同じように操作ができる。
そしてイベントが始まると増上寺にマッピングが施され、背後にそびえる東京タワーが点滅し、照明の色が変わる。そしてゲストのきゃりーぱみゅぱみゅが歌い、踊る。
アプリを起動しスマホを振ると画面の色が白から青、緑、黄、そして赤へと変化していく。
自分のスマホのディスプレイの色によって場の盛り上がりを色で見せ、その色は自分たちが作っているという意識になり、より激しくスマホを振る。
そしてそのライブをつぎのCMに使うということで自分たちが新しいCMに参加しているというのを更に意識する。
AKBの成功もそうだが、やはりキーワードは参加と共感なのだと思った。

↓新しいCM

http://www.youtube.com/watch?v=ssAS0bwgegw

ライブ中振り返った私は驚いた。
気づいていないがスマホ背面のフラッシュがすごい勢いでまばたき続けているのだ。
客たちは自分たちがイベントに参加しているという想いでスマホを振り、ステージからは1500のフラッシュがすごい勢いで瞬くのが見える。

私はその様子を見て、幸せな勘違いだと思った。
いや、これは悪い意味ではなくて。
主催者はステージからの映像として、たくさんの光が欲しく、そのための小道具を主催者側で用意するのではなく客が購入し充電し、アプリをインストールし持ち込むスマホにその小道具の役目を負わせる。
そして客たちは参加しているという意識の元、スマホを必死に振り続けるのだ。
そして次のイベントの際は同じアプリを使いまた違ったCMを撮影をする。

素敵な共犯関係ではないか。

これが次にどんなふうに展開するのか。
新たなる仕掛けはどんなものなのか。私は次回がとても楽しみである。

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しめ縄

2013.01.03 Thu
みなさんあけましておめでとうございます。
今年度もよろしくお願いします。
気づけばもうお正月である。
最近私は清澄白河に引っ越したのだが、すぐ近くに毎日竹を丸鋸で切っているところがある。
それも夜中も日曜日も駐車場のような砂利敷の屋外で、毎日丈ばかりを切っているのである。
一体何なのかわからないので、少し気になっていたが、12月29日の夜通りかかった際に、横付けされたトラックを見て全てわかった。
門松を作っていたのだ。
そりゃ年末は休みなしだろう。
そう思ってふとしめ縄のことを思い出した。
最近はしめ縄を玄関に飾っている家がかなり減ったきがする。
フロントノーズに結んでいる車など、ほぼないのではないのだろうか。
日本という国土にとってもだし、私が幼少の頃に当たり前だった景色すら失われていくのを感じた。

先日トヨタがデザイン改革を宣言した。
拮抗するテクノロジーに、円高、後発メーカーの台頭、国内需要の低迷と様々な理由により今までのトヨタのイメージを同じスタンスでは維持しきれず、強いアイデンテティをデザインでも打ち出す方向に舵を切ったのだ。
これはきっと、ソニーやパナソニックのテレビの大赤字を見てのことであろう。
ジャンルは違えど抱える問題は同じである。
一定以上の規模であれば同じ技術を手に入れられるようになるともう圧倒的な差異を生むのはむつかしいに決まっているのである。
これらのことを見ると、もう物を売る時代ではないなと思う。
売るべきものはサービスや文化なのだ。

日本という国は極東の島国であり、欧米に対して強いコンプレックスと羨望の意識がある。
またいま世界的に普通と言われているものはヨーロッパ社会で作り上げられてきた文化だ。
グローバルと言いながら欧米から与えられたものを飲み込むだけに近くなってきている。
グローバルというのは個性を消すことではない。
国土も歴史も経済力も違うのだから皆平等であるというのも幻想であるし、そのままアメリカ日本州みたいになっている場合ではない。
極東の島国だからこそ特異な文化が発展し、19世紀にヨーロッパでジャポニズムが起こるほどの強い個性をもてたのである。
つまりは売るべきものは明治になって以降捨て続けてきたものだ。
自分たちが極東の野蛮人ではなくなろうと必死で不要として処分した文化や技術。
これをもう一度見つめることが、この先の日本を支えるものであると同時に、日本人自体が形ではなく意味を考えるきっかけになるのではないかと思う。
しめ縄は単なる飾りではない。
正月に迎える年神を祀るための依り代なのだ。
ハロウィンやクリスマスに形だけを祝うのも結構だが、しめ縄を飾らないとはどういうことかを考えてしめ縄を買うかを考えてみてはどうだろうか。

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日本人

2012.07.18 Wed
飛行機の中でキツツキと雨という映画を見た。
役所浩司さんの演じる勝さんの林業従事者としての日々の過ごし方を見て、大工をしていた頃や、小学生の頃奈良の実家で過ごした日を思い出し、懐かしくなった。
本来農耕民族である日本人は仕事内容に変化はあれど、いろんな事が毎日起これど、いつもこの時期にする当たり前の仕事をし、古来から綿々と同じ流れの中で続く大きなサイクルの中で生きていく日々というものがあったなと、何だか感覚的に感じた。
自然から直接恵みをおすそ分けいただく一次産業は人間が自然によりそうといった形で続いていく。
人間はその場所の気候風土に合った住居や食生活を続け、そこに宗教観や哲学を構築し文化を形成してきた。
でも、ふと目に入った建売住宅の姿を見ると、そこには何もなかった。
確かに住宅として今の日本人求める住宅として方向は別としてデザインはされてる。
でもそれだけ。
この国の人間はこの先どうなるんだろう。
すべて忘れてしまって、目の前だけを見て。
パリから帰ってきてふと感じた東京。
きっと日本人のいくらかは薄々感づいてきてる。
地震でなくなるだけじゃない。
津波にさらわれるだけじゃない。
自ら沢山の物を失ってる。
これは未来に何かを残せているんだろうか。
人間は自然を征服したつもりになって、自分から自然から離れて行って、何をしているんだろうと思った。

写真

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